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山中鹿之助「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」

山中鹿之助(1545815??1578820)という戦国の武将がおりました。戦国時代から安土桃山時代にかけての尼子氏家臣です。尼子十勇士の筆頭で尼子家再興のために願わくば、我に七難八苦を与えたまえ三日月に祈った逸話で有名です。長男とされる山中幸元(鴻池新六)は父の死後、武士を廃して摂津国川辺郡鴻池村(現・兵庫県伊丹市)で酒造業を始めて財をなし、のちに大坂に移住して江戸時代以降の豪商鴻池財閥の始祖となったことも知られています。大手ゼネコン「鴻池組」の始まりです。実は私が生まれ育った,現在も生活する「徳雲寺」には山中鹿之助のお墓があります。といいましても鹿之助の墓はあちこちにあります。この徳雲寺にあるものは「首塚」と伝わります。家来が掘って持ち帰ったという伝えです。徳雲寺は実際最後の尼子の殿様,尼子勝久が育ったお寺となっています。ですから縁は深いわけです。

ところが伝え聞くだけで私たちは史実を見たわけではありません。しかしながら,いまでも多くの人がこっそりとお参りにやってきます。定期的にお参りになる方,噂を聞いてやってくる方様ざまです。あるとき電話がありました。

「私は山陰のものですが,山中鹿之助のお墓ありますよね。家来の墓もあるはずですが,名前がわかりますか?」

「お墓はひっそりと住職の世代墓の脇にあります。確かに二基ありますが,家来の方の名前はわかりかねますね」

「そうでしょう!名前は証せなかったはずです・・・」

家来の子孫の方でしょうか。たしかに不思議な雰囲気の寂しいながら,存在感のあるお墓があります。

先日も時間の都合で昼間にお寺に帰りましたら,女性が3名お参りです。どうも歴女かなにかわかりませんが,山中鹿之助のお墓にお参りでした。あちらこちらに存在するお墓の中で一番霊感を感じるとか?!そこはまったくそういったものを感じる能力の無い私には理解できませんが,死後450経過しても人となりを慕われているとすれば,なんと幸せなことですね。それにしても我に七難八苦を与えたまえ“の台詞はインパクトがあります。すごいですね。なかなか言えません。鹿之助とそのお参りされる方には頭が下がります。お時間のある方はどうぞお参りください。ただしご案内しないとわかりにくい場所にあります。たしかになんとも言えない雰囲気の場所です。

 

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