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中村元記念館

 もう初冬の風が漂う11月下旬,弱いながらも穏やかな日差しの中、はじめて「中村元記念館」を訪ねた。いつか行ってみたいとは思っていましたが島根県松江市八束町の大根島へ行った際,八束支所に記念館はあります。ちなみに「中村元」とは

中村 元(なかむら はじめ、1912大正元年)11月28 - 1999平成11年)10月10)。日本インド哲学者、仏教学者東京大学名誉教授日本学士院会員。勲一等瑞宝章文化勲章紫綬褒章受章2012 (平成24) (以下 記念館ホームページより一部引用)インド思想と仏教学の世界的権威で、日本において比較思想という新しい学問分野の開拓者。インド哲学・仏教学の研究を出発点とし、日本の学問におけるセクショナリズムの壁を超えて、世界中の思想を比較研究する学問の道を示す。論文・著作は1500点を数え、今なお世界中の研究者に影響を与え続けています。大正元年(1912年)1128日、島根県松江市の殿町で生まれ,中村家は松江藩に仕えた武家の出で、かつては松江市奥谷町にその屋敷がありました。生後まもなく家庭の事情で東京へ移りましたが、生涯を通して松江を愛して、贈答の品には、松江の和菓子を買って贈っていたそうです。平成元年には東洋思想の研究が認められ、松江市名誉市民の称号を贈られました。20121010日、生誕100年を記念して、松江市八束町に中村元記念館が開設されました。

 さすがに行政機関に併設ですので入場料無料です。中村元博士の多くの蔵書を寄贈され,私には懐かしい書籍も多くありました。展示室には書斎が再現され,自筆原稿も展示されています。佛教学を少しでも志した方なら,いかに偉大な方であるかを知っている人は多いと思います。インドはもとよりアジアの各国から尊敬されていました。私たちが大学で愛用した『佛教語大辞典』の著者です(もっとも辞書は一人では編集できませんから通常スタッフが多くいます。私たちもそんなバイトしてました)。松江市において,博士のその偉大さに触れることができるとは思いませんでした。感動です。学者は世に多くいますが,総合的に世界規模で思想体系を語れる大学者はそうはいません。

 私はかつて本物の中村元博士にお会いしたことがあります。記憶が正しければそれは1986年か1987年であったと思います。東京の本駒込の吉祥寺において,お招きした会合に足を運んでいただき,お話しいただきました。記念館の動画の先生は確かにご本人です。それにしても小学校や高校の「通知表」まで展示されていました。偉くなると何でも価値があります・・・・。

【読者プレゼント】

記念館の廊下には博道(ながたにひろみち)画家 の「インド仏蹟巡拝旅行」なるイラスト絵葉書が展示され配布されていました。素敵なイラストです。もしこのブログをごらんになり,お声かけいただけば先着10名様にお好きな絵葉書を進呈します。

 

”吉田 類”になりたい!

 最近「吉田類」になりたい人が多いとか。通称「酒場詩人」とかで自由に話題の居酒屋を訪ねては適当に注文してお店のお客さんとも盛り上がって,はたまた雑踏へ消えていくというスタイルです。まさにサラリーマンがめざす「自由人」です。そうなってみたいとか。これで『酒場放浪記』なるテレビ番組が成り立っています。似たような番組にきたろうの『夕焼け酒場』やプロレスラー渕正信の『昭和食堂』なども流行っています。どの番組も一応シナリオはあるんでしょうが,結構アドリブで撮影できそうです。もともと『孤独のグルメ』という漫画がありました。私もかつて購入して読んだことがありますが,なにげに出張先で一人で食堂に入り,そのおいしさに感動し一人で満足するという内容です。一人の時の気持ちがわかり面白いですね。だれしも同じような気持ちで食事に行くことがあります。それはそれで楽しいのです。その結果,俳優の松重豊さんで実写化されてテレビ東京で放送されています。同じような楽しさがあります。

 本当はみんな自由に振る舞って,仕事につながれば「幸せ」というものです。でも番組となりと体調管理が必要ですね。

 

有料老人ホームの事件

 北九州から帰る途中,新幹線の車内電光ニュースで鹿児島市の有料老人ホームでの事件が報道されていました。短期間に多くのご利用者が亡くなっているとか。そこで少しわかりにくい有料老人ホームについて整理してみます。

 

有料老人ホームには①介護職員が常駐する「介護付き」 ②主に掃除や洗濯など生活支援のサービスを行う「住宅型」 ③介護の必要はない人が食事などのサービスを受ける「健康型」の3つのタイプがあります。厚生労働省の指針では「介護付き」の施設には介護度などに応じて職員の配置人数の基準が設けられていますが,「住宅型」の施設は入居者の健康状態が多様なため一律の基準を定めることが難しいとして、具体的な基準はありません。今回問題となった施設は、「住宅型」。鹿児島県内に299施設があり、「住宅型」に職員数の基準が設けられていないことが、サービスの不足や介護側の負担にもつながっていると言われています。

 

 いろいろと問題はありそうですが,基準を守ることは重要です。しかしながら現実に合わせ制度を作っていく事実もありますから,言い方を変えると上手く網の目をかけることができていない施設があるわけです。「少しでも安価に」「制度に縛られず」という方向を求める人が存在することも否定できません。その結果,1人の施設管理者が約30人を世話していたとしたら,そこまでの状況にいたった経緯を確認しておく必要があります。通常「有料ホーム」というと毎月20~30万円負担が必要タイプから,数万円で利用できるものもあります。人の世話には自宅で世話しても一人つきっきりのこともありますから,充分な世話には費用がかかります。安価にと思えば,人手が少なくなるのは当たり前です。しかし結局利用者に迷惑がかかります。

 それにしても今回の事件の施設名は困りますね・・・間違われそうです。

 

養護老人ホームの未来!?

 私たちの法人東城有栖会の経営母体は「養護老人ホーム」です。設立以来50年近く運営しています。養護老人ホームは全国に952施設あります。しかしながらこの養護老人ホームの稼働率は89.9です。中には閉園となった施設も山梨県にはあります。つまり空床があるわけです。他にも現在大きな課題を抱えています。「重度化」「措置控え」「措置渋り」「老朽化」「建て替え」「身元引受人」・・・また来年10月以降の「消費税10%」では措置費の値上げという大きな課題もあります。

 30年以上も前はご利用者も元気で,本当にアパートのように自由に過ごす反面,生活面でのトラブルも多く,その対応が大変であったようです。ところが現在は重度となり介護度も進み,昔の特別養護老人ホームのようです。それは特養待機者ばかりですね。そんな中,今後の養護老人ホームの役割を考えると,生活保護の方はもちろん,介護度の要支援から介護度2までの生活困窮者,障害者,刑余者等が対象となるようです。ある報告では年収200万円ない方の割合が東京都港区でも3割程度,山形県では5割という高齢者の実態があります。やはりご利用者はいるようですね。驚いたのは行政窓口でも「措置」の言葉さえ知らない担当者もいるようです。制度と施設を知ってもらい,いろいろと社会資源として活用できるようにしたいですね。 

EPA,介護技能実習生

 北九州市小倉で開かれた全国老人福祉施設協議会の研修に参加しました。同行した職員さんと「いつか横浜での研修に参加したら,大学の同級生に出会って・・・」などと話していたら!!なんとその同級生が向こうから歩いてきます。背が高いので目立ちます。「やあ久しぶり!話でもするか」と喫茶へ向かいます。瀧が目の前に見える喫茶ルームの一番目立つ場所に案内されました。眺めは素敵でしたが,彼から聞く話は大変な内容でした。

 

「人手不足に対応するために派遣社員を依頼すると,結構人件費がかかる。そこでEPAという外国人制度を活用してきているので助かっている。しかし毎年ベトナムへ行くが,話がうまく進んでも大手が多い東京や大阪の業者に引き抜かれる。もちろん定着もしてくれるが苦労している。住居の手配,家賃,生活のお世話,職員の理解・・・といろいろ課題はあります。もうEPAはハードルが高いので介護技能実習生がよいと思います」

 

といった内容でした。介護業界は人手不足が顕著で毎年多くの人をアジア諸国から来日してもらっています。しかしながら人手不足は多くの業界でまん延しており,工場などの方が早く戦力化できるといった事実でなおさら獲得しにくい状況です。研修ではあらたに認識できたのですが,ベトナムフィリピン中国,インドネシアなどすべての国において高齢化が進んでいます。日本レベルには遠いのですが,高齢化のペースはすごく速いようです。ということは,いずれ日本にやってくる人手にも限界があるということではないでしょうか。ましてや寒いところは嫌がるようです。一番北でも関東圏より北にはいかないようです。となると私たちの地域も寒いですね。やはり課題は大きく難しいことがあります。

ミニ家族会と余命2ヶ月

 みやびらの1~4丁目では11月から12月にかけて「ミニ家族会」を開催しています。それぞれが別々の趣向で開催しています。2丁目のミニ家族会にお昼から参加しました。午前中10名余りの参加者により,居室周りの掃除に協力していただき,食事作りも進みます。この広島の山奥ではすでに紅葉も終わり,「体露金風」のごとく木々の葉は落ちて冬に向かっていますので,寒ささえ感じます。そんなところでシチューコロッケというメニューです。風の街みやびらでは初夏の頃,養護老人ホーム東寿園と共同で家族会を開きます。このときは総会を開き決算と新しい事業計画を審議します。その後,昼食会となります。そのおりも1丁目から4丁目はそれぞれ昼食を作って楽しみます。

初夏の家族会とは少し小さめで,それぞれが個別にお話できるように設定しています。入居の方たちもご家族と一緒に話しながらお昼が過ぎていきます。ある本を読んでいたら,親と一緒に過ごせる時間を試算していました。11時間()×6()×20÷24時間=55 

つまり50代から60代の方にとって,離れて生活している子どもさんたちにとって,親と過ごせる時間を上記のように計算していくと,55日となり,ある意味では子どもにとって親の「余命2ヶ月」とも言えます。11度の再会や面会が,それぞれ一度きりの出来事であり,いつか本当に最期になります。貴重な時間にしたいと思います。

アラ古希

 新聞で「アラ古希」なる言葉をみました。「アラフォー」「アラ還」などといった言葉も話題となりましたが,新しい言葉です。70才前後といったところでしょうか。これらはすべて素敵な・・・といった感じで使われています。少し起源を調べてみると次のようにあります。

Aroundはおよそ・約の意味があるが、近頃の使い方は、台が変わる年齢の前後の意味合いが多い。 アラサー、Around 30がまずはやり、それから派生してアラフォー、Around 40が生まれた。同名のTBSドラマが評判になり、「アラフォー」が流行語大賞に選ばれたのは2008年であった。また秋元順子が61歳で、第59回NHK紅白歌合戦に初出場したのも2008年であったが、60歳還暦にちなんで、「アラ還」頑張ると周囲は評した。
  
「アラサー」とは、和製英語の「around thirty (30)」(アラウンド・サーティー)の略で、27歳以上33歳以下(30歳前後)の人のこと。2006年頃に生まれた和製英語。200511月に創刊した女性雑誌『GISELe』(ジゼル・主婦の友社)が使い始めたのが始まりといわれる。もともとは女性に対して使われていたが、最近では男性に対しても使われている。
 アラハタ・アラトゥエ 17歳以上23歳以下。around ハタチ・around twenty(20)
 アラフォー 37歳以上43歳以下。
around forty (40)
 アラフィフ 47歳以上53歳以下。
around fifty (50)
 アラカン  57歳以上63歳以下。around 還暦、

「嵐寛寿郎を知る世代」というダブル・ミーニング
アラセブ・アラコキ 67歳以上73歳以下のいわゆる前期高齢者世代。

around seventy (70)around 古希
アラエイ  77歳以上83歳以下の中期高齢者。around eighty (80)
アラナイ  87歳以上93歳以下の後期高齢者。around ninety (90)

なんと「アラナイ」まであるとは思いませんでした。そのうち「アラ100」などもできそうですね。すくなくとも「アラ古希」は現在の団塊の世代で,人口的に一番多い世代です。一番元気でよい日本を造ってきた人たちです。日本の未来計画はこの団塊の世代をターゲットに考えられてきました。「介護」「通信販売」「ファッション」「生活」すべてがです。「〇十代」という表現とは少しだけ分類が違いますから必要かもしれませんね。

 

東寺の立体曼荼羅の迫力

 京都はやはり観光都市です。タクシーの運転手は大変詳しいですね。「修学旅行がありますから」と言われます。確かにグループでコースを考えてタクシーで回ると聞きます。その運転手から勧められたのが「東寺」です。水族館から徒歩で歩くこと10分ほどで着く近さです。ここはあの弘法大師が伽藍整備に大きく貢献した真言宗のお寺です。学生の頃,旅行で訪れたことがあります。門前も雰囲気がありますが山門を入ると驚きです。まず総ての建物が大きいのです。圧倒されます。「講堂」に入りました。そこは図面のような絵画で目にする佛教の世界観が表現した曼荼羅を立体で造られています。二十一体の仏像や四天王が配置されていますが大きい物ばかりです。それにしても説得力のある造りです。金堂はこのお寺の本堂です。薬師三尊と十二神将が安置されています。その後,五重塔に向かいます。55mの高さの大きさです。よく地震の際,話題となりますが,この塔は地震で倒壊したことはないようです。その耐震構造が取り上げられます。心柱が浮いていて振動を各層で吸収する構造のようです。中を四方から覗くことができました。中は各如来が祀られ細部まで造り込まれています。いずれの建物も何度かの大風と大火で亡くなりながら再建されてきました。五重塔も四度焼失し現在のものは江戸時代のものです。これらの伽藍を維持していくことは大変でしょうね。学園もあるようですが頭が下がります。

それにしても空海806年に中国の留学から帰ってきて,大きな足跡を残します。「入定」という亡くなるまで約30年伝説となる活躍をします。あらためてそのすごさを目の当たりにしました。その余韻を味わいながら京都駅へ徒歩で向かいました。

 

京都水族館の事情

 2日目は気持ちの良い晴天でしたので,南禅寺の水路橋を見てみようと訪れました。明治の頃に琵琶湖の水を引いて約100mのレンガの水路が高いところにできています。純粋に日本の技術だけできているところがすごいところです。目立つのはお寺の境内にあることです。最近はポスターになることも多く目にすることがあるだけに,訪れている人は多いですね。その後,タクシーを拾い,およそ珍しい「京都水族館」に向かいました。いつか水族館ができる折,かなり話題になりました。「なぜ京都に?水族館!」ということです。

 実は少しお話ししますと(勉強したのですが・・・・),日本には淡水魚の種類が約300種あり,そのうち半分が京都府で確認できるようです。特に話題なのはオオサンショウオです。どうも外来種が増えて,日本の従来種はDNA鑑定しないとわからないほど交配が進んでしまっているとか。いろいろな形で保護していかないと行けない状況の淡水魚は多いようです。京都の市街地でもサンショウウオは見れるようです。驚きです。オオサンショウウオがいて,イルカショーをやっているのはどこの風景とも変わりませんが,あえて言うとイルカがジャンプしている青空の向こうに新幹線が走り、東寺の五重塔が見えます。これは珍しいですね。鹿児島市の平川動物園を思い出します。(桜島が見える前をキリンが横切る風景です)。気持ちの良い秋の一日です。

京都の夜,南座の歌舞伎

 今年も淡親会という職員の会主催の研修旅行に参加しました。私は今年は一泊二日の「京都歌舞伎興行」です。お練りで話題にもなりました松本高麗屋三代襲名披露顔見世興行という記念すべきものに参加しました。そうはいっても夕方からの興業ですので,嵐山,銀閣寺と観光を曇り空の下,参りました。まあ多くの外国人と修学旅行生です。京都南座へは16時に入場しました。リニューアルオープンとあってきれいにはなっていますが,席は狭いですね。やはり当然ながら満席です。曾我兄弟の仇討ちの物語,口上,勧進帳,お芝居と続きましたが,やはりそれなりに力の入った,賑やかな晴れの舞台でした。三代襲名もお見事です。それぞれの世代になすべきことがあるということでしょうか。家はもとより家業がなかなか続かないものですが・・・私は歌舞伎に詳しくありませんが,イヤホンガイドはありがたかったですね。幕間にお弁当を頂き,終わって外に出たもう20時半です。やはり長い興業です。京都の夜の街を遊びながら宿泊先へ向かいました。贅沢気分を味わうことができました。実は京都の夜はそこからが長かったのですが・・・・

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